赤木越
山のみち
世界遺産の熊野古道・中辺路を歩きます。起点の滝尻王子から熊野本宮大社までは約40キロ。レコーダーを片手に、時には音を録りながらの山歩きです。千年の歴史をもつ山の道で、見える景色と聴こえる音。
三越峠から発心門(ほっしんもん)に抜ける途中、船玉大社付近から分岐する別ルートがある。
湯の峯温泉に抜ける「赤木越(あかぎごえ)」と呼ばれる尾根道だ。
「最初は登りがきついけど、あとは楽ですよ」となかへち観光協会の職員さんに聞いていたとおり、最初だけがんばったら途中はわりとらくちん。
ここは植林ばかりではなく、自然林も多く見られる。日当りと風通しがよくて、足下には下草がしげっていた。中世の熊野古道は、こんな感じだったかと思わせるような。
途中、可愛らしい顔のお地蔵さまが左手に。案内板には「一遍上人(いっぺんしょうにん)の弟子がここで昼飯を炊いていたところ、鍋の水がなくなり鍋が割れたので、このあたりを鍋割峠と呼ぶようになった」と記されていた。
「鍋が割れた」というだけで、話になんの展開もないようだ。
しばらく歩くと、一気に展望が開けた。尾根道の右を見ても、左を見ても素晴らしい景色で思わず深呼吸。あ、ホケキョ……。
さらに歩くと少し開けた土地に一軒の廃屋がぽつんとあって、「柿原茶屋跡」と案内板が立てられていた。50年ほど前までは住んでいたのではないかと思う。
分岐路には高さ60センチほどの道標があった。安政の文字が刻まれているので、江戸時代後期のものだ。湯の峯の方向を指し示す指の形が彫られた自然石で、江戸時代の道標にしては珍しいデザイン。
と、ここまでは快適な山歩きだったのだが、終盤がキツかった。岩盤がむき出しになっている急勾配の坂道で、「地獄坂」というらしい。 写真を撮る余裕もないままに、へろへろで下る。
かすかに硫黄の匂いがしてきた。谷間にこぢんまりと湯の峯温泉が見えてくる。
途中、階段になった道をなおも下っていくと、突然アスファルトの車道に降り立ったので一瞬ぽかんとする。地獄どころか急に現世に放り出されたような違和感。何この唐突な感じ。
膝をがくがくさせながら温泉街を歩いて、よみがえりの湯に向かう。地獄のような湯煙があがってはいたが、温泉はやっぱり極楽。赤木越でやって来た中世の人も近世の人も、さぞ癒されたことだろう。