百夜月
北山川の岸辺に百夜月(ももよづき)という小さな里がある。そこには光月山紅梅寺という古いお寺があって、若くて美しい尼さんが仏さんを拝みながら静かに暮らしていたそうや。
そんな尼さんの姿を、川の向こう岸からいつも見つめていた若い衆がいた。「きれいな女の人やなぁ」と見とれていたんやが、毎日見ていたら話をしてみたくなった。「今夜こそ、川を渡って尼さんに会いにいこう」と心に決めた。
夜になったんで、真っ暗闇の中を小舟に乗って漕ぎだしたんやけども、急に東の空から大きな月が出てきて、川も山も里も、そこらじゅうをあかあかと照らし出した。若い衆は「こらあかん、誰に見られるやらわからん」と思ったんやな。がっくりして引あげたそうや。
それから毎晩、舟を漕ぎだすんやけども、お月さんがまぶしすぎて行けん。数えてみたら、なんと九十九夜も戻っていた。家に帰った若い衆は、母親にそのことを打ち明けた。そしたら母親はこう言うた。
「仏さまに仕えている尼さんを好きになるやなんて、なんともったいないことを。お月さんは人の道にはずれたことをせんように、照らしてくれてるんやで。お前がたとえ百夜通っても、叶うもんでない」
それからこの里は百夜月とよばれるようになったんやて。
尼さんは、来る日も来る日も仏さんを拝んでおったんやが、ある時ふと「お寺の宝物を里の人たちにあげよう。そして仏の教えを広めよう」と思った。
川下の里には花びんをあげたので、そこは花井(けい)と呼ばれるようになった。川を渡った向かいの里には、九段の重箱をあげたので、九重(くじゅう)、上流の里には竹の筒をあげたので、竹筒(たけとう)という地名がついた。
尼さんは、若い衆の恋心は知らん。
そのうちに年をとって、いなくなってしまったそうです。