清姫のたどった道
清姫が生まれ育ったという真砂(まなご)の里は、熊野古道・中辺路沿いの山あいにある。
地図を片手に訪ねてみると、富田川のほとりの墓所に三角にとんがった板碑(写真中央)が祀られていた。清姫の墓と伝わっているらしい。墓の横に建てられた石碑(向かって右)には「煩悩の焔(ほのお)も消えて今ここに眠りまします清姫の魂」とご詠歌が刻まれていた。
が、ちょっと調べてみたらこの板碑、匡勝禅尼という方の一周忌に、その子どもが1394年に建てたもの。清姫とはなんの関係もないようなので、墓の主には少々お気の毒だが致し方ない。大切なのは「清姫さんの墓」と信じて、何百年もお祀りしてきた先人たちのお気持ちだと思う。
里に伝わる話の筋はまた別で、清姫は恋に破れて富田川にひっそり身を投げた純真無垢な娘。哀れに思って花をたむける人々が、いつの時代も少なくなかったことだろう。
そこから少し北には、清姫と父親が暮らした屋敷跡も残っていると傍らの案内板に記されていた。墓所の下にある淵は、清姫が丈なす黒髪をなびかせてながら泳いでいたところで「清姫淵」と呼ばれているそうだ。
月夜に黒髪をなびかせて水垢離をする娘の姿を、ひろのさんと二人でしばし妄想。
その後、「清姫のねじ木」を探して山道をさまよって、ようやく発見。高さ約20メートル、樹齢およそ四百年といわれる老杉で、安珍を追いかけてきた清姫が怒りに狂ってめきめきと枝をねじり上げたという例の。見上げてみれば、確かにぐねぐねと枝がねじれている。
場所は熊野古道のねじ木峠。ねじ木に背を向けて立つと、素晴らしい展望で田辺湾まで見渡せた。陽光きらめく海と空を遥かに眺めていると、煩悩の炎うずまく怨念の地とは思いにくいのだが……。
その日、清姫が見たのは、山のふもとをあたふたと逃げていく安珍の後ろ姿であったという。
うんざりして諦めもつきそうなものだが、そうもいかなかったようだ。若すぎたのかな。
山並みを越えて海から吹いてくる風と、揺さぶられる杉の音。
無念残念口おしや 罪なき木立にかぢりつき
無念の限りねじにける 初恋やぶれし清姫の
心の中を知るものは 記す潮見の杉木立
(「まねき踊り清姫くどき」より)
清姫の墓所/和歌山県田辺市中辺路町真砂
ねじ木の杉/和歌山県田辺市上野(以下の地図)
イラスト/ひろのみずえ