2013年7月2日
中辺路町兵生〈3〉松若と杉
里のみち
熊野の道は里を結びながら、山中を迷路のようにめぐっています。古老たちの語りや歌、伝説に導かれながら行く里の道。訪ねたのは大瀬(おおぜ)・高原(たかはら)の集落と、兵生(ひょうぜ)の廃村です。
北浦さんが音を録っている間、私も息を殺して、目の前にひろがる山林に耳をそばだてた。風の音がきこえる。鳥のさえずり。足元を流れる富田川のせせらぎ。遠くカジカの声。
天に向かってのびる杉たちは、どの幹も風に吹かれて、たえずゆっくりと前後左右にゆれていた。
兵生の人たちは、村を出るときに自分の住んでいた場所に木を植えたときいた。そういえば、山には自然林がのこっているけれど、石垣が積まれた不自然に平らな地にばかり、杉が立ち並んでいる。
昔、人が暮らした地で、今は変わりに杉がゆらめく。まわりの木々は、黄緑色の葉を軽やかにはためかせても、葉が下のほうにつかない杉の木は、細長い味気ない体を、ただただゆすっている。
松若の名をおがっても、返事はとどかなくなったという。この杉のどれか一本が松若で、かつて集落を去り、いつしか自然に還って杉となった住民たちとともに、この地でゆれている・・・
そんな気がした。